「栄養週期理論」③ 『新栽培技術の理論体系』より抜粋

『新栽培技術の理論体系』より抜粋
「栄養週期理論」の原典。
大井上康が1945年(昭和20年)に発行した書籍です。
初版から既に64年経過していますが、本書に記されている内容については、時代が大きく変化しても決して色あせることはありません。
その理由は、本書の普遍的な真理性にあります。
その真理性が多く人を魅了し、読まれ続けた結果、2009年現在では第11版と版を重ねています。
農業に携わる全ての方々に、是非とも読んでいただきたい、「必読の書」です。
農業初心者、栄養週期理論入門者にとって本書は難解です。
本書を読む前に『大井上康 講演録』『家庭菜園の実際』などを読むことをオススメします。
第4章 栄養週期
作物の発育には週期的な、律動的な定期的発展の位相、或は段階の変化があるという乙とは既にくわしくのぺた通りで、これを発育週期としたのである。
そして、同時に作物の体内における栄養の仕方が、その発育の位相の移行にともなって変化するものであり、各々の定期段階には各々特殊的な栄養の型が存在しており、従って、各々の定期、定期によって炭水化物や窒素の単独的、または相対的な重要性が移動し、燐酸、加里、石灰等についても、その生理上の主導的な役割が、絶えず変ってゆくものである。
この栄養の仕方が発育の週期的な発展と相呼応して変化し、各々の発育定期に特有の型を示すことを著者は栄養週期(Nutrioperiodism)というのである。
だから一種の作物の一品種についても、決してその全生活史を通じて常に同じ状態の栄養型が営まれるものではないから、それ故に栄養成分の必要な絶対量、及び相対量が、作物の種類において固有に決まっているものでもなければ、時間的に、いつまでも変らないものでもないのである。
栄養適期は、発育週期の上に立つところの栄養生理の理論であって、したがって発育という生命の歴史的発展にともなう生理の理論であり、つまり動いている生理の姿でもあるわけである。
したがって言葉を変えて言えば、発育生理の理論でもあり、発生生理の理論ともいえるし、或はまた、生態生理の理論ででもあるわけである。
第1節 栄養週期栽培技術の概念
栄養週期栽培技術とは、作物の発育という歴史的な発展の生理学的な研究にともとづいて、発育の定期段階にそれぞれ必要な生理状態を経済的多収という立場から、人間の力によって誘導し、且つそのような発育によって必然的に導かれるところの良品質、高い貯蔵性、或は病虫害や気候への最大の低抗性を期待し、労力と資材を節約し、自然からの影響を出来るかぎり小ならしめる技術である。
そして、この栽培技術は、クロース、クレイピル両氏がその門戸を開いた作物体内の窒素と炭水化物の消長が、生態に及ばす影響を重要な鍵として研究を進め、肥料成分の単独的効果と生態の変化の法則を求めて、炭水化物、窒素、燐酸、加里、石灰、その他の微量栄養素等の吸収、同化、蓄積、転位のもたらす農業的な効果を利用するにあるものである。
要は、人為的な発育型の変更を、あらゆる手段や操作をもって現実に持ち来す技術である。
そこでここに具体的な着眼点を、一年作物を代表して稲についてこれを示せば、先づ根を作ることであり、そしてT/Rの値の小さい、硬く健康な苗から出発するというのが技術の出発点である。
そして次いで栄養状態の転調を、苗時代(G調) → 栄養生長期(F→E→D) → 交代期(E→F) → 生殖生長期(G)のような順序に経過せしめるようにくわだて、生殖に重要な燐酸を交代期に有効に作用するよう施し、蓄積生長期に加里の作用を特に強化せしめ、交代期の末期に先づ消石灰を施し、体成熟を完全にし、体水の調節を行い、貯蔵物質の転位を確実にし、窒素の過度の作用をおさえ、糖分、特に二糖類の増加をはかるのが本筋である。
作物の疾病も、病原と被害を受ける作物の個体とがあるだけできまるものではなく、被害されうるものの側に、感染に適当な条件が揃わなければ決して発現するものではないのである。
感染は軟弱な生長、即ち細胞の酸度が高く、浸透圧が低く、体内にアミノ酸が過度に存在する場合に最も著しく、クロース・クレイビルの第3の場合以下の窒素栄養では感染しがたいのである。
また、昆虫類は青色の多い葉色の場合にきそわれ易く、長波長色はさそわれることが甚だ少いのである。
従って、如何なる発育の定期においても、第2の場合にまで窒素栄養を高めてはならないし、また、そのような多窒素栄養に導けば、交代期において、順調に第3の場合の状態に導入しがたいものにもなるのである。
需実作物はもちろんのこと、需葉作物でも、このことは同様であって、収量と品質において重要な関係があり、結球性のものにあっては、一層はっきりこの事が言えるのである。
体成熟の完う出来ない作物は、それがいかなる種類のものであろうとも少収量で、病弱で、手数がかかり、かつ貯蔵性の甚だ不良なものとなるのである。
それでは栄養週期栽培技術による作物は、如何なる作柄を示し、如何なる品質を生産するであろうか。それは第一に多収であるととは明瞭であるが、既に述べた通り、科学的収量というものは、一般の精農家の唱えるような法外なものとは根本的に異るものである。
偶然的な条件や、非常な危険をおかしてのものであってはならない筈であり、投機的であってはならない。
科学的な技術は、計画的な生産でなければならない筈である。
これは産業技術としての根本であり大原則である。そして、単なる天然資源的な自然に依存する粗放な技術であってはならないのである。
第3節 栄養週期栽培技術の理論的要約
(1)作物の発育というのは、生長と分化とを統一した概念である。
(2)作物の発育は有機的な統一体の発展であり、低次なものから高次なものへの一つの運動である。
(3)作物の個体の生活は、栄養生長と生殖生長という二つの段階からなり、この両生長はたがいに矛盾して対立の関係にあって、前の生長の完成は、自からの衰退を意味し、その衰退は次の段階の生長を生み、かつそれによって促進される。即ち栄養生長の否定として生殖生長が開始される。
(4)前の段階の生長である栄養生長の量と質とは、次の段階の生長である生殖生長の量と質とに正しく栢関する。
(5)栄養生長から、生殖生長への転化は、不連続的に開始されるものではあるが、それは突如として偶然に発生するのではなくて、栄養生長によって生産する物質の増大によって、徐々に準備され、相克しながら、一定の限界に達すれば、急激に生殖生長が先の生長である栄養生長に代って支配者の立場をとり、前の生長である栄養生長を抑制しはじめる。
(6)後生生長である生殖生長が、前生生長である栄養生長を克服しおえるには時聞を要する。この移行、即ち移り変りの過渡期を栄養生長と生殖生長の交代期と呼ぶことにする。したがって、一生長の完全なる支配は、一定の過渡期の経過の後にくる。
(7)交代期は、栄養生長の完成にとよってもたらされるが、それには生長による葉面積の増大に基づくところの炭水化物の生成、増加によるその集積が大きな役割をもつもので、すなわちC/Nの値が増大するための結果のように見ることが出来る。
(8)交代期は栄養生長の未期に近づくと始まるもので、先づこれを確認するのは今日のところ、花器原体の初生組織を認める時以後とする。しかし、生化学的にはそれより以前に既に分化の化学的準備は、あるものと思われるが、これを正確に認める方法がまだ見つからないのである。
(9)発生の初めの生殖生長の力は微弱であるが、日を経るにしたがって増強して行き、中期には栄養生長と生殖生長が相半ばし、後期には生殖生長が支配的になる。これに反して栄養生長は後期には僅かに惰性をのこすだけとなり、最後には消失してしまうものである。
(10)栄養生長は、新しい個体の発生から、その体の成熟までを指し、生殖生長は、花器の完成から胚の成熟までを指す。故に交代期はその中間で、花器の発生からその完成までの期聞を指すことになる。
(11)栄養生長期にはC/Nが小さくう、かつ小さい方が好条件となるが、生殖生長期には反対にC/Nが大きく、かつ大きい万が好条件となるのである。
(12)故に生化学的に見るとC/Nは、Cの必要な適量もっている限りでは、それは、小さくなることが栄養生長をよくし、生殖生長、Nの必要量がみたされている限りではC/Nが大となることが好都合となる。交代期においてはその転化が、判然と生ずるものであり、かつ判然となることが発育の最適な条件となる。
(13)前の生長の段階に有利な条件は、後の生長に有利でないから、これが後の生長にまで持ち越されることは、正常な発育を阻害するものである。
(14)発育は一定の時間内に、一定の段階を経て、次々と一定の順序をもって、律動的に発展する。
(15)各々の段階は、それぞれ、相異なる生理や生態をもち、したがって生態的な変化を来し、それぞれ特有の定期的な姿を示すところの週期的展開であるから、これを、発育週期という概念をもって考えることが正しい。
(16)各々の定期の固有の形態、生理の存在は、それぞれ、それに対して特徴づけられた化学的な、そして物理的な性格があることがわかる。
(17)形態は、内部の状態の反映であって、形態だけが独立しであるものではない。即ち、形態と内部の在り方とには関連があるわけである。だから形態に変化があれば内部の栄養にも変化がある。
(18)発育週期のもたらす栄養の定期的な変化の仕方を栄養週期と名づける。
(19)栄養週期はその著しい一面として、生化学的な立場から見ると、C/N値の増大と、その増大の仕方とに規定されるのである。
(20)即ち、多窒素栄養から、漸次少窒素へ、少炭水化物から多炭水化物栄養への定期的な移行として栄養週期の一面を理解することが出来る。
(21)無機栄養素については、N→P→K→Caとその栄養的な比重が移動するように見える。
(22)生殖生長は、これを新個体の母体の中に生れ、発展するものと見るべきであるから、X世代が、2X世代の中に寄生的に存在すると考えられる。従って胚およびその附属組織の生長は従属的栄養をするものと見なされる。栄養器官およびその附属組織は、独立的栄養をやると云える。
(23)従って、生殖器官の生長に際して、その生長を促す目的をもって、新たに母体に無機栄養素を強化せしめることは不合理である。生殖器官特に胚および胚乳の生長は、主として母体で既に同化した貯蔵養分の転位集積によって行われるものである。
(24)栄養生長と生殖生長とは互いに拮抗的である。したがって両者を同時に満足させる栄養条件はない。一方に有利に働く外的条件は常に他方に不利に働くのである。
(25)生殖生長は栄養生長の後にくるのが通常であるから、両者を同時に満足させる必要を技術は感じない。特殊の作物で、二つの生長が混在する期間の長いものは特殊の注意を必要とする。
(26)栄養生長および生殖生長の間には、栄養の競争はないが、栄養物質の争奪はある。それぞれの生長はそれ自身の内部で局所と局所との聞に競争が起る。両生長間に競争が見られるように思える場合は、主として相反する栄養条件の一方的な偏りに基くものである。クロース、クレイピルの第3の場合に見る栄養状態は両生長の栄養的な妥協点である。
(27)栄養、生殖両生長間には括抗が存在するにもかかわらず、これを歴史的な立場において時間の経過の中から見るならば、相互に依存がある。即ち両生長間の量的な関係には正の質量相関率がある。後生器官は前生器官の所産だからである。
(28)然しながら、栄養史が歪由されて、栄養生長中に異状生長が起って、交代期の生態的な経過が正調でない場合は、その程度にしたがって、それぞれの度合に負の相関率を発現する。
(29)ここにおいて歴史的な見方の栽培学が重要となり、作物の生産力の最高限は作物生活史の歪曲されない発展において期待される。
(30)栄養体部と生殖体部の間の質量相関性を正から負へ転化させる契機は発育史の歪曲によって生ずるから、生活史の定期位相を正常から誘乱せしめる一切の外的条件は不作の因となる。施肥の点から見ればN→P→K→Caが乱れ、気候から見れば、多雨型→豊照型が逆転したような場合は不作の因となる。このことは体内の生化学から見ると、多窒素・少炭水化物→少窒素・多炭水化物が逆転すれば不作型の発育をていする。
(31)生殖器官またはその附属組織を収穫の対象としない作物でもこの法則は全く同一に適用される。
(32)かかる作物も特殊の僅かな例外の他は、すべて交代期に入るか、ないしは近づいてから収穫するものだからである。葉菜類の結球の如きは一種の養分貯蔵行為と見られるものである。
(33)生活史の反動化は凶作の因となる。
(34)従って栽培学はこの立場に立って、技術体系を案出する使命を有し、発育史の最も正常なる進展を企図し得る外的な要素を、発育史との強い関連において研究し、その技術的原理の発見に重点をおかなければならない。
(35)クロース、クレイピルの炭水化物、窒素関係説は栽培学の構成上、最も重要な理論的な基礎を与えるものである。
(36)C/Nなる観念は、単にCとNとの相対的な関係を大づかみにする場合にのみ利用出来るが、定期位相の生化学的な意味においては誤謬をもつものである。常に変わらない平衡論的な考えはすてなければならない。初等算術的な制約を受けて実相を甚しく歪曲するからである。故に、一方をつねに絶対値においてとり扱わなければならず、C/NmまたはCm/Nとすべきで、mの値は発育の定期により異り、また、C/Nmの値も絶えず一つの方向に向って移って行くものである。一方の最少限要求量の満足を前提としての比率であり、しかもその満足量は絶えず移動するからである。
(37)栄養生長および生殖生長のいずれかの生長の方へ近接する栄養の仕方をすることがある。この場合はその傾向を表わすために、栄養生長的傾向または生殖生長的傾向として区別する。
(38)栄養体の真の生長は交代期までに終るのが普通で、交代期に入ってからの生長は、栄養生長でも多くは補充的なもので、あたかも茎の生長における節間生長の如きものである。
(39)栄養体の完成は成熟として認識され、成熟はそのものの生長終息の近きを意味し、栄養体の成熟を促す一切の外部条件はすべて生殖生長にそのまま有利であり、栄養生長にとっては不利である。
(40)C/Nm値の増大は成熟への近接を示す。
(41)Nを同化窒素、nを無機窒素、Cを炭水化物とすれば、C十n=Nが窒素同化であり、作物体の単位構成要素である細胞の生成材となるのであるから、体生長はそれが独立的栄養で行われる限り、C+n=Nが存在することを必須とし、これが葉茎をつくるのである。故にnがNとなるためにはCを材料とするから、nの供給は、その供給によってC/N値が低下する他、Cの消費によって、CとNとの比は更に甚しく低減する。
(42)nはしたがって、Cの消費者であるが、Nの生成増加が葉面積の増大となるから、ある時間後にはCの生産者である。従ってnの供給を不断につづけるか、ないしは長く供給の続く分量において供給されない限り、nが日毎に増加する葉面積の増大により増産されるCをことごとくにN変化するに足る分量以下に与えられる時は、日毎にC/Nは増値し、Cの絶対量もまた増加して行くのである。この事は栽培技術上重要である。
(43)故に不断の窒素肥料の供給はC/N値の上昇をさまたげ、体成熟をさまたげて収量を大ならしめない。
(44)然し、C/N値が、一つの定期に高くなっても、Nの絶対量が最低必要量以下に下る時は栄養の失調を来して、収量は小となる。
(45)かかる失調の状態にまで、N量が低下する如き場合は実際には極めてまれに生起するだけである。
(46)体内の炭水化物および窒素の活性状態にあるものと然らざるものとを区別して考える必要がある。炭水化物の高分子のものは非活性なものが多い。窒素についても同様である。
(47)活性有機栄養素というものも、更に二分して考える必要がある。現に活性であるものおよびある条件下で活性化するものの二つである。如何なる条件下においても活性化することのほとんどないものは非活性と呼ぶべきである。
(48)砂糖類は活性であり、いわゆる「現役的」であり、澱粉(デンプン)、糊精(デキストリン)、イヌリンなどは貯蔵性の炭水化物で、いわゆる「予備役的」なものである。セルロース、リグニンなどは「退役的」で生理的活動の舞台には上がってくることが、まず無いものである。窒素については、アミノ酸、アスパラギンが現役的活性であり、タンパク質は予備役的に活性である故に、体内のCとNを考える場合、この中のどれを計算に入れ、どれを除外するかは生態学的に考慮を要するのである。
(49)C/N値を求めるにあたって、細密な数字をあてにしてはいけない。一つの栄養傾向を知るのだから、むしろ大雑把な方がよい。また全生体中の量を求めるか、局部的な量を求めるかも重要な問題であり、さらに分化の時期、特に定期を考慮に入れなくてはならない。分化との関係などは、分化後か、分化中か、あるいは分化直前かということも大きな問題である。
(50)予備役的な栄養素については、その移動量および仕方をも検する必要がある。
(51)作物体の栄養消費部位も、時の経過と共に生産部位に変るものが多い。
(52)生長による最終生産物はその生長を抑制する。
(53)発育史において見る生長の自己否定は、それによって自己を自己とは別の、より進んだ高次的な段階のものに高めることとして見られる。即ち自己を否定して自己を発展させ、自己ならざるものによって自己の継続を行う。
(54)作物はその生活史の経過の中に受けた外部条件の影響をその発育型として反映する故に、発育の型はその過去を語り、現在を示し、かつ未来をも暗示する。
(55)外界の影響が栄養を変え、発育を変えるために、形態的な変化が起るのである。変えられたものの性格的な変化は、その変えた作用が終息してもつづくものである。そして、その続く時聞には長さに違いを見るが、その長さは、作用の強さと量とによるもので、通常に見られる量においては一世代に限るのが多いが、時として二代、三代とつづく事がある。更に推定し得ることは、その長さが数十代、数百代に渉る場合があるだろう。こうした場合はそれが「固定」したと呼ぴ、変種の出現となると考える。この外力による形質の獲得を経歴性という。
(56)一つの栄養型から、他の栄養型への移行は、その勾配が急であることは発育を歪める要因となる。漸次、緩やかな傾斜的に進行するのがよい。この栄養の移行の緩急を落差と名づける。
(57)栄養型をNとCについて云う時は、A、B、C、D、E、F、Gの7段階とする。クロース、クレイビルの第1の場合はA、第2の場合はC、第3の場合はEに当り、B、D、Fはそれぞれ、その中間型を示すものである。
(58)栄養型の推移進行の最も栽培学的に正しいのは、G(苗)→F→E→D→(交代期)→E→F→G(生殖生長期)ということになる。
(59)最高収量を期待出来る型を各々の定期においてとらえ、もって発育の良否を判定する資料とすぺきである。交代期の発育型は、ほぽ決定的予測を下し得る資料となる。
(60)いわゆる、多収型は旺盛に成長し、しかもズングりした型を示すもので、茎太く、高節で硬く、節間短く、枝の開度45度前後、葉厚く剛く、巾広<、地上部と地下部は共に多分岐性ぞ示し、葉色は光沢あり、かつ橙黄色(だいだい色)を強く含むもので、T/R値は小さい。
(61)地上部と地下部とはその形態の上に相似性を示す。
(62)作物の発育は現在のあり方のみにおいて、良否を判定することなく、今の発育が終極の技術的な期待の発育と、いかなる関連にあるかに基づいて考察されなければならない。ここにおいて経歴性が重大となる。
(63)発芽当初の幼作物は、ある期間は胚乳の養分のみで生長すべきものなのである。つまり一種の従属的栄養をやるのである。然るに人為的に施肥すると、栄養型は自然状態から変異させられる。窒素の供給は著しく影響を及ぼし、不良な経歴を附与する。その一つは形態的にはT/R値の変更として著明に見られるものである。
(64)この事は発芽当初に速効性窒素を施与せざる操作法を必要とする根拠である。いわゆる無肥料出発というのがそれである。
(65)無肥料出発は真の健苗をつくり、少肥多産の生態学的基盤となる。
(66)T/R値はC/Nm値の大きいほど小さい。
(67)無肥料出発はT/Rを小値ならしめるのみでなく、根の吸収面積の絶対量を著しく増大し、かつ、単位吸収力をも強化する。
(68)移植は無肥料出発と類似の現象を起させる。
(69)移植は回数の多いほど効果は大きい。
(70)無把料出発を行ったもの、および移値を行った苗は活着が早<、かつ確実である。
(71)発芽時または定植時における無肥料操作は全発育史を必しも遅延せしめるものではない。
(72)作物は一定量の葉の生成によって、生長の抑制原をつくり、それ故にこそ栄養素の消費を低減せしめ、それを過剰養分として蓄積する。交代期に近づいて始めて消費生長は蓄積生長に転化する。
(73)生殖生長は見方によっては一種の蓄積生長である。
(74)生長および発育は共に栄養によって、その型を異にし、異れる発育の型はまた栄養の仕方を異にする。
(75)作物の異った体部は、いずれも同時生成物ではなく、歴史的な所産であるから、時間の経過と共に起る組織の異質転化であり、生化学的にもそれぞれ異っている。
(76)栄養比〈必要な成分比〉は、したがってそれぞれの器官で異なり、また、発育の定期によっても異なる。
(77)栄養素の供給が、定期による固有の比率からずれると発育型は変異する。
(78)養分の過剰吸収によって、余分に体内に入った栄養素は、体内分配原理にしたがって、それを特に多く必要とする体部の生長を有利ならしめ、特異の形態、および生態を引き起す。
(79)斯くの如く、特殊の栄養比において、特にある形態または生態を発現せしめる事に、主要的役割を果した成分の効果を、その成分の単独的効果という。
(80)単独的効果は施肥の方から言えば、単肥効果である。単独的効果はその栄養素が、他の栄養素よりも多量に与えられた時に現われ、その栄養素と他の栄養素との量の開きが大きいほど、その効果は強く現われる。特に生態的に拮抗性をもつ成分と同施の場合は、効果を期待する方の成分の量が、引きはなして大きくないと単独的効果は充分でない。
(81)窒素は葉肥、燐酸は実肥、加里は根肥という通俗的な表現も一笑に附すべきではない。ある点で意味がある。
(82)有機質肥料の特効と称するものは、堆肥をのぞけば、N、P、K、およびCa等の含量および質に関し、分解、固定、流亡等の土壌中における化学的、物理的変化と、吸収の仕方の順序、時間とによるものと考える。
(83)K/NとかP/Nとかいう二栄養素間の比率と肥効との関係は、二つの成分の化学的な平衡関係として、植生の上に現われるのではなく、その単独的効果への上に見られる生態的な措抗作用の釣り合いとして受け取るべきである。
(84)Nは原形質の基礎物質たるタンパクの主要構成員であり、栄養生長に最も重要である。然るに生殖にとって定量以上は有害である。そして、その定量は微少である。貯蔵器官中のタンパクはもちろん、生殖細胞それ自身の生長に要するNも、従属栄養的に母体より集積するものより補給されるものが主である。
(85)NはまたCの消費においてアミノ酸を生成するから、Nの吸収はその量に相応ずるだけの炭水化物Cm(H20)nを体中より奪う事となり、C/N値を低下する。
(86)Nの同化と利用とには多量の水を必要とする。
(87)故に水の不足はNの利用を極度におさえる。
(88)活発なる蒸散作用はNの効果抑え、C/N値を高める。
(89)雨水は作物を洗浄し、体内の養分特にKとCaとを洗い出すものと考えられる。
(90)Pは生殖器官およびその附属組織の分化と発達とに強く作用し、その単独的効果は、それが花器分化直前おいて最大であり、多量に与えられると花器の異常発達をも招く事がある。
(91)PはNと生態学的には相互に消しあうが如く作用する。Pは必ず水肥(液肥)また降雨に際して使用するを要する。
(92)Kは単独的に作用する時は、澱粉(デンプン)、糖の如き炭水化物の生成および転位とを転移を促進する。
(93)KがNと共働する時は、Nの同化に必要なCの生成として作用する事となるが故に、Kにより増加するCはNと結合して、Nの効果を高める事となって、Kの単独的効果と逆の現象を起す。ただしこの逆現象はKとNの差がNの方に大きければ大きいだけ強く現われる。
(94)CaはKと見かけの上で相似せる生理、生態現象をひき起す。しかしその仕組みは異るであろう。
(95)Caは細胞の過剰水分を消去し、酸度を低下し、炭水化物の生成と集積を促し、浸透圧を高め、透過性を減じ、膜を硬化させるほか、ニ糖類の生成を盛んにする。
(96)Caはまた、第二次同化作用におけるアミノ酸の生成をさまたげるもののようでもある。
(97)Caは消石灰の形で施与する時に最大効果が期待きれる。
(98)消石灰Ca(OH)2は、必ず水肥(液肥)または降雨に際して使用するを要する。施与後、降雨なき時は、大気のCO2(炭酸ガス〉を吸収してCaCO2となり速効性を失う。
(99)消石灰は土壌中の有機窒素を無機性に変えるから、Nの潜在効果を引き出すけれども、硝化作用が活発になって、永続性を減ぜしめるのみでなく、N03とNH4の生理的におよび生態的lこ異る事により、生殖生長iこ対して、より無害ならしめる。
(100)故に石灰は田畑によって、一時N効果を引き出すけれども、それは短時日に解消し、N効果と全く逆の効果を起させるものである。
(101)消石灰の施与後、数日で葉の黄化作用は進み、茎葉の硬化をはじめ、体内炭水化物の著しい集積が見られるに至るものである。換言すれば完全なる体成熟が招来されるのである。
(102)一栄養素の重要性〈肥効の比重〉は、作物の発育と共に変化し、したがって常に同じ値を持つ事なく、故に最適の成分の比率は発育と共に移動するから、最適なるN:P:Kの値というものは生涯を通じて一様には存在しない。
(103)リービッヒの法則は栄養比というものを固定的な考えで理解されてきたもので、作物の栄養比は、発育のどの時期をとってみても同じであるという立場で一致する。
(104)最小量が制限因子として働くというリーピッヒ律の他|こ、最大量もまた、収量を決定する。これを最大律と名づける。この法則は発育史的に見る場合に顕著である。単独的効果とは、即ち最大量の効果である。
(105)よって不足についての法則と共に、この過剰の法則を必要とする。
(106)N効果は、交代期前においてはその最小量が収量をきめるけれども、その後においては最大量が収量を制約する。この時、最小量は収量を正に、最大量は負に相関する。
(107)要するに栄養比なるものは、作物体内の化学的発展過程の結果的所産であって、不断にその値を変じ、一栄養素の相対的な過剰は、ある時は有利に、ある時は不利に作用する。不足もまた全く同様である。ただ過剰または不足という概念は、一定の時期における最適栄養比を考え、それを基礎にして成り立つものである。
(108)作物の発育は単なる化学的な変化の、機械的な総和ではなく、生長そのものについて見ても、一つの器官または一つの組織の生長、即ち同質組織の生長についてのみ、一定率の合成観がゆるされるに過ぎない。
(109)リーピッヒ律は、一つの定期内において近似的に成立するもので、生物というものを歴史的な発展として考えない立場に立っての一つの原理としての内容を持つものである。リーピッヒおよびその学派の人々は、生長というものと、発育というものとを混同し、作物体の分化、即ち質的変化というものの歴史的な発展の過程を見逃して、最後に到達した量と、出発点の量との間の全く量的な関係にのみ眼を向けてきたものと云える。
(110)故に、施肥の時期と順序とを変更すれば収量および品質は、同一の施肥量においても甚しき変異を生じ、その変異の振幅は、彷徨変異(個体変異)の振幅をのりこえる事もある。
(111)施肥は実験と経験とから、栄養生長期は成分比でいうと多N、少P、少Kを施し、その最盛期には中N、少P、中K、交代期直前には多P、中Kとし、交代期はK、次いでCaを施すのが原則である。Nの量は交代期に入るにおよんで、なお肥効が増大せざる程度を工夫する必要がある。
(112)上記の施肥は、体内の(G→F→E)苗時代→(D)最繁茂期→E→F(交代期〉→G(生殖生長期〉を目標としたもので、普通の場合には、その目標とこの手段は合致するものである。
(113)技術は原則を守りつつ機動性をもつべきである。気候、土壌、品種はもちろん、その発育の状況とにらみ合さなければならないもので、即ち俗にいうサジ加減を誤らぬよう、発育診断が巧みになるととを必要とするものである。原則を逸脱し、技術体系を乱さぬ範囲内で、操作量に手心を加える必要がある。
(114)発育が目標からずれたものは、栽培操作が型通りであっても、それはその技術の効を正しく示すよう機動性を発動して、環境からくる「ずれ」を矯正しなかったからである。栄養生長の不活発なもの、交代期の青々としているもの、花流れの起ってるもの、成熟のおくれているもの、生産品の比重の小さいもの等はすべてそれであ
る。
(115)速効性の肥料を、速効ならしめるためには、水肥(液肥)とするか、降雨を利用して撒布を行わなければならない。水田、および灌漑の設備ある畑はもちろんその水を利用する。
(116)畑作も、水利をなるべく省力的に得る工夫をする必要がある。
(117)深耕は特殊の目的の他は、多収には有害である。
(118)中耕、土入、土寄せ等は、それを行えば生産の上昇する科学的、技術的見透しによって行うか否かをきめるべきである。中耕は草体の増大には利があるも、交代期および生殖期の生理には、生態的に有害な場合が多い。
(119)技術は経済的な満足の上に立脚すべきである。労働の生産性が正の関係の場合は、その大小により考慮せねばならず、それがゼロまたは負の値を示す場合は、その耕作操作は技術として正しくない。
(120)収量とは、農業的には単位面積からの生産量である。
(121)収量は実質量として計算すべきである。例えばイモ類は澱粉(デンプン)、菜種の種子は油量で、甘薦は糖量で、米は重量と比重とできめるぺきである。
(122)要するに作物の交代期を、歴史的な転換の契機として見、栄養生殖両生長をそれぞれ互いに他を浸さぬ限度において最大量をとげさせ、前の段階の生長の惰性を最小にくいとめるように、技術操作を加える事によって、作物の発育を一定の型に導入する方法が栄養週期栽培の技術である。そのために施肥を原則として.N→P→K→Caの主導的な効果の移行に適するよう工夫し、体内のC/N値をPの施与と前後して急に上昇せしめ、最後にGの栄養型において収穫するということにある。新鮮多汁なものを賞し、その二葉状態を進脱しないことを必要とするもの、胡瓜(キュウリ)、茄子(ナス)、莢菜豆(インゲンマメ)の如きはEの栄養型、即ちクロース、クレイピルの第3の場合に止める必要があることは言うまでもない。
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