「栄養週期理論」① 『大井上康 講演録』より抜粋

『大井上康 講演録』より抜粋
大井上康の講演内容をまとめた本。
大井上康が1950年(昭和25年)2月15日に埼玉県浦和市(現、さいたま市浦和区)に行った講演会の記録です。
講演会の記録としては現存する唯一の貴重な資料です。
2008年4月に、「感動農業研究会」の編集および協力により、現代の用字用語に置き換え出版されました。
「栄養週期理論」は難解だと敬遠されることも多いのですが、この本の内容は話し言葉のため、とても分かりやすく「栄養週期理論」を解説しています。
「栄養週期理論」の入門者にオススメの一冊です。
1:作物とは何か?
「栄養週期」の話をします。
食糧問題は非常に重大で、このまま推移すると、民族の滅亡のもととさえなる危険がみられるのです。
そのように重大なところまできています。これを打開するにはどうしても増産をやる以外にありませんが、増産をやってゆくには、増産ができる方法を持っていなければなりません。
この増産の方法が、はたしてあるかないかということが、一番の問題になると思います。
だいたい多くの人々の意見は、日本ではもう食糧の増産ということはあまり望めない、望みがない以上増産をするということは、まずもって不可能だ、せいぜいできても1割か1割5分(ぶ)位のところだ、科学技術の粋を尽くしても、それ以上はちょっとも望まれないというもので、それは農業技術者の中にも非常に多いのです。
しかし、私どもはそうは考えない。
3割から4割は極めて容易で、場所とやり方によっては、5割、10割の増産も十二分に可能性があるとみています。
この可能性があるということは、いままでの科学技術というものが少しも間違っていないというのなら難しいことなのですが、いろいろな面から考えて、いろいろな欠点を持っているのです。
これを検討してゆけば増産の道が充分ひらかれるといえます。
これからこのことについて、少し皆さんにお話をしてみようと思います。
いったい作物というものは何であるか、また農業の技術というものは、どういうことをやることなのであろうか。
これらのことがまず明らかにならなければ、増産の対策というものは立たないと思います。
栽培の技術というものは、その栽培ということが本当にわかっていなければ、やれないはずです。
元をただしてその末が始めてわかるわけです。
元の方をそのままいい加減にしておいて、末梢の方だけをとらえて、増産増産といっても効のないことです。
ですから真っ先に作物は何だということを、はっきり皆さんにお話しておきたいと思います。
いままでの農業の学問でも、作物とは何かということに対する定義があるにはあります。
しかし、その定義は、農業というものを技術的にみた場合の定義ではなくて、あまり技術のほうから考えて重要でないような定義の下し方がしてあるわけです。
が、私はこれを栽培ということに気付くように定義してゆこうと思います。
作物というものは、鑑賞植物や工芸作物では別ですが、食用に供する作物は、人間の食物を得るために作ることは明白です。
食物というものは、人間の食べるものですが、これはいったいどういうものなのでしょう。
これは皆さんご承知の通り、私たちの生命を維持するものであり、また私たちが子供の時に大きく育ってゆくために必要なものです。
この食物というものは、いまの知識で考えれば人間の養分になるもので、炭水化物、タンパク質、糖類、ビタミンというようなものが、すなわち養分です。
ところが、こういうものが含まれているからといって人間が食べ始めたのではありません。
これは、もっと人間の感覚から出たことです。
食べたいような色、匂いをしているものを食べてみて、そしてその中の美味しいもので、しかも毒でないものを食物にしたに相違ありません。
ですから食物というものは、味覚で定めたことなのです。
栄養ということは後からわかったことであり、最初は食べたかったから食べた、食えば腹の空いたのが満足するということで、食べたに違いありません。
このようにして、私どもは食物を食べたのですが、美味しいと感じることは、だいたい養分がたくさんあるということと関係があるのです。
人間の養分になるようなものが美味しさを舌に感じさせ、養分にならないものは美味しく感じないのです。
まず美味しいものを食べていれば、養分になるというわけです。
これは、昔、我々の祖先が、山や野原に生えている植物の中から食べてみて、一番美味しいものを食物にしたということなのです。
この食物になるような植物を人間が保護して、それだけを一ヶ所にまとめて生やすということが、農業の初めだろうと思います。
食糧になる植物が、あちらこちらに散らばっていたんでは充分需要が満たされない。
また、だんだん人が増えてくるにしたがって、このままでは生きてゆけないということで、おそらくその当時の誰か利巧な人が、植物の種子が落ちると、そこにこれと同じものが生えるということを発見したのでしょう。
そして、なるべく皆がたくさんの食物を得て余計食えるようなものがなくてはならない、また、そういうものだけを生やせば、非常に都合がよいということがわかったのでしょう。
そこで誰かが考えて、不用の植物を取り除いて、食える植物の種子をまくことを考え出したのです。
そうすれば、まとめて必要な物が取れるということから農耕ということが始まったのだと思います。
ところで、一つ注意しなければならないことは、皆さんの食べるものが植物体の全体であるかどうか、ということです。
人間が食えるような植物は、根も葉も実もそっくり食べられるかというと、そういうものはありません。
実だけ食べられるもの、根を食べるもの、茎を食べるものというように、どこか一部分しか私たちは食物にしておりません。
それは、全部が美味しくないからです。
美味しいところは限られた部分であるということが、その理由です。
麦や米は種子が美味しい、柿や梨は果実が美味しい、ダイコンやニンジンは根が美味しいというように、その美味しい部分だけが食物になっているわけです。
だから、作物を作るということは、美味しい部分を取るためなのです。
余計なところは、考えに入れているわけではない。
柿の葉を食べようと思って作る人はいません(笑声)。
柿を作るのは、実を食べるのが目的であることは、とっくの昔からきまりきっていることと思います。
つまり、私たちが農業として作物を作るのは、食べられる部分を得るためです。
だから、だいたいにおいて食べられるところの量の多いものが作物として合格したわけです。
主要作物というものは、だいたい食べられるところの多いものと腹応えのあるものということになっています。
こういうものが作物として選ばれたのです。
作物はどうしてそのどこかの部分しか食べられないかというと、美味しい部分が非常に限られているからです。
美味しい部分はどこかというと、養分がたくさんあるところが美味しいということになります。
したがって、美味しいところを食べれば養分をたくさん得ることになってくるのです。
イモならば、でんぷんの貯まった、ふくらがった部分が美味しい。あそこに一番養分が含まれている。
イネや麦では種子が美味しく、そしてここに一番養分が含まれている。
それが食物になる由縁です。
どうして植物は、身体のどこかに養分を豊富に蓄えているのでしょうか。
この植物が養分を蓄える性質があるということは、今日考えてみて非常によくわかることですが、植物は決して人間のために養分を蓄えているのではありません。
植物自身のために蓄えているのです。
植物は来年の芽をふくために、または自分の子孫が自立できるまでの間の養分を貯めているのです。
長年生きている永年作物は、来年の芽が出るために必要な養分をしまっておかなければならない。
来年芽を出すことができなくては大変だからといって、作物が自分で研究をして養分を蓄えておくというわけではありませんが、とにかく結果からみると、その通り都合よくできあがっているわけです。
結果からみるとそうみえる。
養分を蓄えて、それを使って来年の芽が育ってくるのです。
種子が地に落ちてから葉や茎がどうして、どこから材料をとってできあがってくるのか。
これは、それに必要な養分が種子の中にしまわれているからで、胚乳(はいにゅう)成分というのがそれです。
新しく植物が育ってくるのに必要な養分は、自分で蓄えておくようになっているわけです。
繰り返えして言いますが、植物自身が必要上蓄えているものを、我々は食物として利用する。
養分が充分に蓄えられたところで、その貯蔵物品を食物にしているというわけです。
作物がせっせと稼いで身体の中にでんぷん、タンパク質、脂肪など、いろいろなものを蓄えるのです。
それが身体の中にバラバラに散在されていないで、あるところにまとめてしまってある。
その貯めたものを、もぎとってきて、我々の食物にしようというので、人間が作物を作るのです。
作物が、養分を蓄える場所は貯蔵器官と呼ばれていますが、そういう場所の発達したものが、我々の作物に選ばれたと言ってもいいのです。
つまり、貯蔵組織、貯蔵器官というものが非常によく発達したものが、作物とされたわけです。
同じように養分を持っているものでも、その貯め方が下手でパラパラで一ヶ所に充分まとまっていないものでは、食用作物としては向かないわけです。
貯蔵器官の組織が発達したものが作物であるということを心によく入れておいてください。
2:栽培技術の考え方
そうすると、農業の技術というものは、どういうことになるかということです。
まず、作物に充分養分を作らせるような手段を次々にとること。
第二は、この養分がうまく貯まるように仕向けること。
第三は、貯まった養分がある場所に集中して貯蔵されるように仕向けること。
この三つが作物を作ることの一番大切なことになります。
どのようにしたら養分がよくできるか、どうしたら養分が貯まってくるか、どうしたらうまく貯めるべき場所に運び込まれるか、ということを、私たちは外から手伝ってやるわけです。作物の仕事を外部から援助するのが、人間の栽培の仕事です。
どんどん学問が進んでくると、どうしたら養分ができるのか、どうしてそれが貯まるのか、何故それがどんな具合に養分が運び込まれるかということがわかってきました。
これが昔はわからなかった。ただカンでやってきただけなのです。経験上からこうやるほうが養分がたくさんできる、うまく貯まるようだということを知っていたのです。
農業では、この関係について、いろいろなことが考えられてきますが、いまの学問では、そういうことをはっきり意識して、そこから手段を考えてきた形跡は、あまりはっきりしておりません。だいたいこれがあいまいです。
このようにして、作物に私どもが食べたいと思うものを生産させるために、外部から作物に対していろいろな援助を与えるべきなのですが、実際にやっているのをみると、反対にこれを妨害しているものが非常に多くあるのです。
援助でなくて邪魔をしていることがたくさんあります。
養分が貯まらないようにしてみたり、あるいは養分ができないようにしてみたり、いろいろ間違ったことが行われている。そのために、手を加えてかえって収穫が少なくなるということも、随所にみられます。
馬鹿な話です。田んぼをいつまでも耕したりして、手を加えてとれなくなるように仕向けている向きがあります。
中耕やその他の手入れというものも、養分がたくさん作られて、そして、それがうまいこと運び込まれるようにするためにしているはずですが、逆な結果を生んでいる場合がたくさんあります。
肥料もそうです。
充分栄養を作らせるために肥料をやるべきなのに、反対に肥料をやってたまらないようにしているようなやり方がずいぶん見えるのです。
しかも愚かなことをすれば、単にたくさんとれなくなるだけでなく、大切な労働が生産を低め、時としてマイナスにしてしまうことにもなるので、文化農民の深く考えなければならないところです。
<中略>
経済学の言葉に「効用の限界」というのがあります。
これと同じように限界がある。
いいことだといっても、どこまでもいいんじゃない。
価値に限界が出来る。
肥料をやるのは大切なことだが、無限にやるほどよくなるものじゃない。
草体量が出来るのは大切なことだが、あまり出来てはいけない。
それには適度があることがわかる。
それが、どこで決まるかということを、教えるのが「栄養週期」なのです。
これさえ諸君がつかめば一生涯一年生でなくなることは確かです。
二年生から三年生とだんだん年を重ねるに従って、腕が立ってくるようになります。
断っておきますが、栄週というのは増産方法には違いないが、どこまでも科学的な増産方法ということです。
科学というものは、偶然というものを基にしないで、必然というものを基にします。偶然というものを考え方になるべく入れないようにしなければならない。
それだから「栄養週期」のほうでは、やはり我々の増産に限界を認めています。
限界収量というものを考えている。
まず論理的に考える、また実験をしてみる、全国的に実地してみた経験からすべての操作価値の限界点というのがわかってくるのです。
米は4石(720kg)、小麦でも同様その位、大麦は5石(900kg)、イモ類は1000貫(3750kg)というのが収量の科学限界ですよ。
10石(1800kg)穫れたというのはホラだね(笑声)。
科学的にはホラと言うほかない。
<中略>
この間、静岡県の金谷(かなや)という所の有名なある篤農が、米作りの名人で県農業会あたりはこの人を信じて「栄養週期」は信じないが、この人の所へ去年の暮れあたりだったと思う、大勢の人が集まった時に、その先生が今年はどの位お穫りになったのですかと聞かれた時、15俵(900kg)穫ったという答えだったらしい。
はっきり覚えていないが。そこに集まった信者たちは素晴らしいものですねと言ったが、近所の人が怒ってしまった。
あいつとんでもないことを言う。
ああいうことを言われちゃ、俺たちは迷惑するといって怒った。
そこで、その篤農が後でその人たちに言うには「あの場の空気ではああ言わざるを得なかった、本当は9俵(540kg)だ」(笑声)。
こういった先生方が多いのは、一考を要することですね。
科学的にものを考えて生産見通しを立てて、充分理論的に考えて、実験の成績と照らし合わせて、こうすればああなる、こういうふうになったらああ処置すればいいという理論的根拠を出して、誰がやってもどこでやっても穫れそうなのは反当たり4石(720kg)です。
それ以上はヤマカン、競馬と同じです(笑声)。
競馬でも儲けるのは儲ける。
株で儲ける者はいる。
しかし儲ける者より損する者のほうが多い。
そういうあてずっぽうのことを持ち出して、人を指導しようとしてもだめです、誰がやっても、いつでも、どこででも大丈夫、ここまではこういう方法ならゆける、という安全な方法でなければ人に奨めてはいけません。
一人、二人が1000貫(3750kg)、1500貫(5625kg)といっても他の者が依然として収量が上がらないというのでは増産にはならない。
「誰か」の増産でおしまいになってしまう。
それではだめです。
村の増産になる、県の増産になる、国の増産になるというような広い範囲での普遍的増産にもってゆかなければならないと思う。
惰農(だのう)でもすぐに出来るような増産でなければだめなのです。
精農家は、村で指折り数えるほどしかいないのです、その人にだけ出来るのではだめです。
そうなると一番大切なことは、もっと足を地につけて良心的に考えて、科学的な立場でものをやってゆこうということになる。
だから「栄養週期」とは、単なる増産方法ではないということです。
「栄養週期」の話を聞いて、いきなり物凄い増産を想像してはいけません。
栄週で4石(720kg)なんて言っているが、あれじゃ黒澤式に劣るじゃないかなんていう人がある。
こういう人は物の見方が違うから話にならない。
私どもは突拍子もないことは考えないのです。
この点は是非はっきりと皆さんの頭に入れておいていただきたい。
結局、「栄養週期」というものは、どうして作物が穫れたり穫れなかったりするのだろう、そのための土の関係、肥料の関係等をいろいろ研究してみることが大切です。
あの田は穫れたがこの田は悪かった、どうしてそれが起こったのか、それを植物の生理学や生態学の立場、さらに土壌学や肥料学の立場から検討する必要がある。
従来の学問というものは実際の面と離れながらも、なお発達したのです。
これが机上論になる理由です。
実際との間にギャップが出来るのです。
多くの研究者の考えの中では、百姓にとって実際の方面で重要なことが案外軽んじられているのです。
学問上で重要だとしていることが実際はあまり需要でないということも少なくないのです。
今日の土壌学を例にとっても一目瞭然にわかります。
学校で教育をする科目をごらんなさい。
基礎学はしっかり教えるのです。
肥料学、土壌学、気象学、植物学、こういうものの知識を充分に与える。
そして作物のほうでは作物の性質だけを詳しく教えるけれど、実際の栽培というものと照らし合わせて教えないのです。
それではだめだと思います。
私はそうした考え方、ゆき方を変えなければならないと思っております。
どういうふうに考えていったらよろしいのか、その結論は一体、どうなるのか。
3:養分はどうして出来るか
そこで基礎の話がわかったところで、次に養分はどうして出来るのか、どうして身体に溜まって、一ヶ所に集まるのか。
どういう条件であればよく貯められるかということについて、少し説明しましょう。
養分の出来るところは葉です。
葉が養分を作ります。
この葉という養分製造工場では、何が作られるのでしょう。
それは炭水化物というものです。
炭水化物は、あらゆる養分の一番元になる基本的なものです。
炭水化物は、どんなものかというと、でんぷん、砂糖、糊精、イヌリンといったようなものです。
こういうものを一緒にして炭水化物という名を付けたわけです。
一つ一つ言うのは面倒ですから、これを一つにまとめて炭水化物というのです。
これから炭水化物といったら、今言ったすべてのものを含んでいるのだと思ってください。
この炭水化物というものが葉の中に出来る。
葉の中には炭酸ガス、正確に言いますと二酸化炭素が空気の中から吸い込まれます。
この炭酸ガスを原料にして葉が炭水化物を生産するのです。
ですから葉の養分を作る工場と考えてもいいと思います。
人間の工場だと機械というものがあります、それに当たるのが葉の中にある葉緑粒という、あの葉の緑色のものです。
葉の中にある工場では、動力に日光を使います。
おわかりになりますか。
葉という工場は、炭酸ガスを原料として、日光の力を借りて葉緑粒という装置を使って、炭水化物を製造するのです。
炭水化物は、植物の骨組みをつくる材料と生理作用を営むのに必要なエネルギーとして使われます。
植物が生きてゆくのに必要な熱量を供給するだけでは、生長ができません。
それには炭水化物だけでなく、身体を作るのに必要な養分がいります。
それは含チッソ有機物というものです。
この含チッソ有機物には親類がもちろんたくさんあるのですが、ここで言うのは主にアミノ酸、タンパク質、アスパラギン酸です。
こいうものすべてを指すのです。
アミノ酸は皆さんご承知の通り、お醤油を作る時に使うあれです。
このアミノ酸は植物が身体を作るのに必要な原料です。
これをたくさん集めてさらにタンパク質を作ります。
また、これに特殊な変化を与えて、原形質という自分の体の構成材料を作る原料にします。
ですから身体はタンパク質のようなもので出来ていると言えます。
つまり、植物が発育するには炭水化物のほかに含チッソ有機物がなければならないのです。
アミノ酸はどうして出来るかというと、工場の次の操作、つまり第二次工程で出来るわけです。
第一の工程、作物でいうと第一次同作化用として、でんぷん、砂糖のような炭水化物がまず出来ます。
これが第一次工程に当たるのですが、今後の含チッソ有機物の出来るのは、工場でいう第二次工程に当たるわけです。
同化作用のほうでは、第二次同化作用ということになります。
つまり、最初の同化作用で出来た炭水化物を、もう一度原料にして、今度は別の原料をもう一つ持ってきて、さらに進んだものを作るのです。
まず根からアンモニアのようなチッソ成分を吸い上げる。
チッソは大体アンモニアと硝酸という形で主に身体に入ってゆきます。
アンモニアが根から吸われると、最初に出来たでんぷんや砂糖などの炭水化物が一緒になって、アミノ酸が作られるわけです。
その次に第三回目の仕事として、身体をつくる材料をこしらえるわけです。
それにはイオウやリン酸のようなものが入用になります。
こうしてこれが養分となって生長が起こるわけです。
ところで、これがどんなふうに、身体の中で貯まったり貯まらなかったりするかというと、工場の例でみると早解りができる。
仮にセメント工場だとすると存立期間の短い春に会社を設立して、秋には会社がもうおしまいになってしまうような、期間の短い会社をサツマイモになぞらえてみましょう。
まず工場を建てるには、建てる材料がないと出来ません。
セメントを、他所から持ってこなければならない。
この他所で作ったセメントを使って第一工場を建てるわけです。
第一工場が出来れば、あとは自己が生産したセメントで工場が出来るから、非常に堅実な工場ですね。
第一工場を生産するところのセメントさえ持ってくれば、あとの第二、第三の工場を拡張することが出来る。そういうわけです。
これをサツマイモに戻って考えてみましょう。
葉が一枚、二枚、三枚と出来る時は、イモの中の養分を持って来て使います。
そしてその養分で出来た葉が、今度は活動を開始し、自分で養分を作れるようになります。
新葉で炭酸ガスの同化作用を行って、でんぷん、砂糖を製造し、根からアンモニアや硝酸を吸い上げて、アミノ酸を作って次の葉を作る。
いまの工場の場合のように、今度はすでに出来た葉で作った養分で次の葉をこしらえるわけです。
第一の葉と第二の葉が一緒になって第三、第四、第五の葉を作る。
それがまた活動して、次々と発展していくということになるのです。
こうして工場の数が増えれば出来る製品もだんだん多くなる。
どんどん葉の数を増やすことは、工場を増やすのと同じことです。
<中略>
私も学校で勉強して、いろいろ外国の本や難しいものをたくさん読みました。
ヨーロッパへも行って勉強した後、自分の農場で作物を種々作ってみました。
その作り方というのは、非常に念がいって科学的だったのは、まず気象です。
日照度、雨量、降雨日数、降雨頻度、平均気温、最高・最低気温がどの位か調べる。
それから土壌を分析して科学的に肥料学的に調べ上げる。
作る植物の作物学的な性質を調べ上げる。
そして、その植物がどういう条件で生長がどうあるべきかということを考えて、出来るかぎりの文献を出して調べ、その知識を総動員して作る。
だから百姓さんよりもよく出来なければならないはずなのです。
ところが結果はどうだったかというと、案外成績は大したものじゃない。
百姓さんにかなわないことが少なからずあったのです。
その時に思いました、百姓は器用だ、馬鹿にしてかかったが意外にも上手で、学問をやった者のほうが成績が悪い。
頭を使っただけ損だということになる。
そういう結果を私も痛切に味わったので、自分の技術の情けなさを知ることができました。
同時に学問の栽培上における頼りなさを見せつけられたようなもので、自然科学とは何か、技術研究とは何か、農学は何のために存在し、試験場は何のためにあるのか。
背皮の金文字の堂々たる厚ぼったい本は、農業と何の関係があるのだろうということを、反省しないわけにはゆかなかったのです。
スランプに陥ってしまって、何もするのが嫌になってしまった。
科学研究の結果が何にもならないということになると、これは重大問題です。
それから一年余りも考えたが、結局、お百姓さんが上手に作るのは経験があるからだ。
経験とは実際に作ったことから始まったもの。私たちは実際に作ることはしなかった。
そこで今度はお百姓さんの言うことも、あまり馬鹿にならんと思うようになりました。
そうしてやっているうちに、だんだんと上手になってきた。
なんだこんなことかという位にスイカもナスもうまく作れるというところへきた。
そうこうしているうちに、いろいろなことをいろいろなものについてやってみた。
そのうちに好奇心を起こしてさまざまなことについて研究してみると、学校で習ったり本で読んだことと、実際とはかなり違うことがわかってきた。
これは研究する必要があるというので、そういうことを丹念に実験したり研究し始めたのです。
するとお百姓さんよりもはるかに上手になって来た。
そしてやがて、そこからいま諸君にお話している「栄養週期」というものを思いつくようになったのです。
これは私が机の上で論理的に発展させたものではない。実際にやってみて、こうやれば一番いいということがわかったのです。
そしてそれをさらに研究して、どうしてそうなるだろう。
いままでの理論とどう違うのだろう、
なぜ学問と実際は違うのだろう、などということを突っ込んでみたら、「栄養週期」による栽培の理論が出来上がってきたのです。
考え方を変えなければだめだということになったのです。
いままで私が言ったことは突拍子もないことであると思う人があるかも知れないが、実はそうではありません。
ある意味では昔の人の言うことに近づいて来てもいるのです。
イネのことを書いた古い本をみると、イネの苗は赤苗をもって尊しとなすと書いてある。
「栄養週期」では赤苗を重要視するが、これは私より先に誰かがやっていたなと思いますね。
「彼岸過ぎて麦の肥やし」ということは、それが経験に止まっていて、理論的根拠がない。
だから伸びなかったのだと思う。
また応用の範囲も小さい。
否、ないといっても過言ではないでしょう。
これを適当に学問的に取り上げてゆけば、何かものになるのじゃないかというのが、「栄養週期」の起こりです。
こういうふうに途中で肥やしの喰い切れということが必要になるのです。
というのは、さっきも言ったように、生長をどっかで止めるということです。
うまく止まればうまくゆく。
止まらない時に出来遅れが起こる。
実入りが悪い。
葉は多くなるが収量がだんだん下がる。
貯蔵が悪くなる。
これをよくするためには肥やしの喰い切れということが必要、ということがわかる。
諸君は、無茶苦茶にお米の穫れることがありますが(自然に)そのわけがわかりますか。
これを去年はだめだったが今年はよかったということに当てはめて考えるとよいですね。
大体豊作の年というのは多肥を喰い切ることの出来た年であって、お天気続きの年に起こるのです。
昔から、日照りに不作なしと言いました。
根が旱ばつにさえ見舞れなかったら素晴らしく出来る。
一番大切なのはお天気、晴天が続くのが第一なのです。
うまく肥やしが喰い切れるような日照りがあったということのおかげであって、少しも百姓の自慢にはならない。
これは確かだ。
これを科学的には、はっきりさせて、栽培学に一つの根拠をつくるのだったら自慢にもなるでしょう。
この10年に1度来るかどうかわからない多収穫の味が忘れられない (笑声)。
百姓さんの夢みることです。
4石半あったということになると、あれだっ!イネには倒れる位の肥やしを使わないとだめだということになって、その通りやりだす(笑声)。
どうしてそうなったかということを詳しく考えたことがないのですね。
科学的なことは信じないくせがある。
新しいことも科学的だと聞こうとしない、反発する人がある。「栄養週期」がいいと知っても反対します(笑声)。
それで、この肥やし切れということを、人間がやるか、お天気がやるかということです。
お天気に任せれば、10年に1回位だ。
それを人間が喰い切らせようというのが「栄養週期」なのです。
余分の肥やしは効いてはならない時に効かせちゃいけないということです。
よろしいですか。
こういう考え方というものは、わかり切ったことのようで実は非常に大切なのです。
これは、さっきから話している工場の例でおわかりになるでしょう。
いつまでも出来たのじゃいけない。
どっかでおさめなければいけない。
これを「栄養条件の転換」と言っています。
そこで、どの辺りでどうしてさせればいいかということを諸君に話すことにしましょう。
<後略>
※続きは本書をお読みください。
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